大阪24区:難 波

「都市の景観と躍動」へ、ようこそ!
・当サイトは大阪の都市開発及び交通・経済・文化 等の考察、検証によって、大阪のあり方を考えま す。
・記事写真の著作権は制作人・著作人に帰属しま
公開開始日:2002年8月11日

▼カテゴリー
  大阪24区:難 波
  鉄道・道路
  プロジェクト
  リンク
  掲示板・動画
  大阪情報サロンU

★管理人宛:メールフォーム

◇上阪感想記
◆管理人のHP
◇スポンサードリンク

  難 波

 拡大する難波ターミナル
難波は南海電気鉄道の前身となる阪堺鉄道の難波駅が明治18年に設けられたことに始 まる。昭和7年に南海ビルが完成し高島屋が開業した。巨大な南海ビルは梅田阪急ビル と双璧をなし、頭端型のターミナル駅の規模とともに、御堂筋が両私鉄駅を結ぶことによ って難波のランドマークとなりえた。

地下鉄(御堂筋線)の難波駅は昭和10年開業である。地域名は強く駅名の影響をうけて 変化しているが、難波においても南海と地下鉄の駅ができたことにより、難波が定着し た。
戦後においては、地下鉄は四つ橋線の難波駅(当初は難波元町)、千日前線難波駅、近 鉄難波駅も加わり一大ターミナルとなったが、国鉄・JRのないターミナルと言われることも あった。しかし西寄りのはずれにある、国鉄湊町駅はJRとなってのちにJR難波駅と改称 され、難波を名乗ることになった。
それによって現在では湊町も難波の一角と認識されるようになった。地域名が駅名によっ てどのようにでも変化する例である。駅名の効果はことのほか大きい。

現在にみる難波は、地下鉄難波駅を中心に南は南海難波駅周辺から、北は概ね道頓堀 まで。戎橋から北に行けば心斎橋であり、東に行けば千日前から日本橋となる。西側は OCATのあるJR難波までが難波である。それより西側は桜川となっている。
近年は難波駅併設の「なんばCITY」」や旧大阪球場跡地の「なんばパークス」、「ヤマダ 電機」などの進出もあって拡大しており、日本橋電気街にもつながった感がある。

なお、地下鉄難波駅及び南海難波駅は、案内表示は「なんば」と平仮名表記されている が、正確には「難波」と漢字書きが正式である。
もともと、近代以前から歓楽街として発達した地域であり、法善寺や道頓堀の五座にみる 芝居小屋、飲食店が軒を並べた街であった。
古い大阪の地域呼称では、長堀から北は船場であるが、長堀から道頓堀までは島之内 で、この船場・島之内の範囲が古い中心市街地になる。

戦前・戦後を通じて、千日前や宗右衛門町には大劇や歌舞伎座といった劇場にくわえ、 キャバレーやダンスホールが隆盛を極めていた。夜ともなればネオンに引かれ、香水に引 かれてさ迷う街であり、ハイセンスな女性が颯爽と歩く心斎橋とは少し違う街が難波であ る。
(平成21年11月5日作成)

 梅田阪急ビルと双璧をなす南海難波ターミナル
 
 道頓堀に近い法善寺
 
 道頓堀「大阪松竹座
 
 戎橋筋と心斎橋筋をつなぐ「戎橋」
 
 東西の通りの宗右衛門町、御堂筋角にあるクロスホテル
 
 ◇関連リンク
 10.01.22◇心斎橋・長堀
 09.10.27◇ルネッサ難波・JR難波OCAT
 09.10.13◇煌めく街の灯り

 梅田 中之島 御堂筋 淀屋橋・北浜 弁天町 南港
 天王寺 上本町 京橋 天満橋 桜之宮・天満 新大阪
  

  鉄道・道路

 2010.2.27◇大阪地下鉄新線計画案
 2010.2.18◇地味に凄い京阪電気鉄道
 2010.2.13◇JR西日本のデータから

 2010.3.09◇庚申街道&高野街道
 2010.3.04◇第二京阪道路、3.20全線開通
 2009.10.9◇国道172号・みなと通り
 


  プロジェクト

 梅田阪急ビル建替え計画
 大阪駅開発プロジェクト
 中之島フェスティバルタワー
  近鉄阿部野橋ターミナル整備計画
 
  





トップへ
トップへ
戻る
戻る