大阪24区:御堂筋

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公開開始日:2002年8月11日

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  御堂筋

 大阪の都心南北軸、「御堂筋」

御堂筋が開通したのは昭和12年、下を走る地下鉄の開通は一足早く、梅田〜心斎橋間 が昭和8年に開通した。その後地下鉄は昭和10年には難波、昭和12年には天王寺まで と延長された。
この近代大阪の大事業は、第7代大阪市長「関 一」によって完成されたといわれる。
これによって、御堂筋は大阪の顔になり特別な道路になった。同時に地下鉄御堂筋線も 特別の都心軸となった。
御堂筋の完成も、関一の業績も評価を不動のものとし、素晴らしいものであるが、大阪は 御堂筋に頼りすぎるのは危険である。一点豪華主義、御堂筋中心主義は日本の一極集 中とさほど変わらないといえる。東京一極集中が日本の衰退を招くように、衰退の危険が ないとはいえない。
求心力の強い拠点を多く、複数持つことが重要である。

御堂筋の名前は北御堂・南御堂が沿道にあることに由来する。
梅田から難波まで、全長4,027メートル、幅43.6メートル、全6車線の幹線道路で、日本の 道100選のひとつである。大阪万博の開催を機に国道1号・国道2号と交差する梅田新道 交差点より南の全車線が南行きの一方通行となった。
沿道には約887本のイチョウが植えられている。四列のイチョウ並木の景観は、御堂筋を 格調高い特別の道路にしているのである。

御堂筋沿道の建物は長らく高さ百尺(約30.3m)までに制限されていた。それがビルの高 さが揃った整然とした景観がつくられた。これは、都市政策論の学者でもあった關一が、 パリをはじめとするヨーロッパの都市を模範としたものとされる。
1969年の建築基準法改正で規制が容積制になったため、以降は大阪市が高さを指導し てきた。1995年から御堂筋に面するビル外壁の高さが50m、10m後方部分が60mとされ た。厳しい規制は淀屋橋〜船場中央間に指定されていたが、2007年2月から本町など一 部の地区で1階を公共の空間とするのを条件に、後方部分の高さ制限が140mに緩和さ れた。

御堂筋は国道25号線であるが、国道26号、国道165号との重複区間でもある。梅田新道 交差点から北は国道176号線となっている。
2006年に導入された民間駐車監視員制度で、全線が最重要路線に指定され、沿道の駐 車車両が減少した。また2007年に路上喫煙禁止条例を施行したのに伴い、過料1,000円 を徴収する喫煙禁止区域に指定されている。
(平成21年11月3日作成)
 
  淀屋橋付近から本町方面を望んだ御堂筋
 
  銀杏並木が落葉するころ
 

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