大阪24区:梅 田

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公開開始日:2002年8月11日

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  梅 田

メガシティ梅田の開発が加速してる。大阪は不況だの没落だのと言われながら、『梅田の 膨張は止まらない』怪物のような街と言えるようだ。近畿における一極集中の様相になる だろう。まさに大阪・近畿の発展を引っぱる街。
梅田には新幹線の駅はないので、梅田の影響は近畿圏にとどまりそうだが、新大阪と連 携を強化することで、西日本の広域的な中心になっていくことと思われる。

梅田の位置付けは商業集積において、難波や天王寺など他の拠点集積地区をリードし、 その差は年々広がっている。大阪市内だけでなく、大阪郊外から阪神間、神戸、京都な どを巻き込みながら膨張しているのが梅田の現状になる。
京都はやや独立性が高いのと、JR京都駅ビルが歯止めとなっている面もあるが、今後、 梅田の阪急ビル建替え、大阪駅北ビルのJR三越伊勢丹や大丸増築などのプロジェクト が稼動すれば京都もかなりの影響は必至といえる。
梅田の強みは鉄道交通網の一大拠点になるのと、既存ビルの建替えが継続していること と。今後は梅田北ヤードに広大な遊休地が生まれることになる。梅田北ヤードの二期まで 視野に入れると、少なくとも今後10数年以上に渡って開発事業は継続される。
現在、工事も最盛期に入っているのが「梅田阪急ビル建替え計画」、「大阪駅開発プロジ ェクト」。これらは非常に難易度の高い工事だけに長期に渡っているが、すでに峠を越えて 80パーセント以上の出来高まできている。

このような梅田のダイナミックス、あるいは阪急のブランド力はどこからきたのか?
おそらく阪急が梅田駅移転事業を成し遂げた時代にさかのぼる。昭和40年代初頭、爆発 的に乗降客の増加が続いていた阪急梅田駅の拡張を計画し、国鉄線北側への移転が決 断され実行された。
神戸線、宝塚線、京都線の順に移転したのたが、この阪急梅田駅完成で誕生した「阪急 三番街」などのショッピングゾーンや「17番街」「32番街」などに世間の驚きたるやただ事 ではなかった。このときをもって阪急ブランド、阪急神話が生れたようだ。

当時、都市開発に関心のない人々も『阪急って凄い!凄過ぎ!』と、口々に語っていた。 世界初ともいえる『地下街に川の流れをつくり、滝をつくる』これを現実のものにしたのだっ た。設計施工に当ったのは竹中工務店だった。阪急との打ち合わせ、プレゼンテーション の中で発想は生れたようだ。
このプロジェクトによって、阪急は梅田の盟主に君臨し、地位を不動のものにした。「川の 流れる街」、水の流れのアイデアはたちまち他の都市の地下街にも波及した。
その後、阪急の地位に微妙な変化が現れるのは「西梅田・大阪ガーデンシティ」の出現で あった。
(平成21年1月7日作成)

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